交流出来たら良いんだけど
ほとんどの方がおっしゃること_
「 私にも視えたり聞こえたり出来たら良いんですけど・・・」
ということ。
お気持ちは、わかります。
会いたい人だけ視えて聞こえれば良いのですが
そうはいかないんです。
そうなると、全く知らない人達も、突然そこにおられてびっくり、
時間関係なく突然話されて、びっくりします。(苦笑)
都合の良いことは、ありません。
視えて聞こえても、すべてが分かるというのは無いですし、
見聞きしていることが本当(正しい)かどうかは、
また別の話なのです。
人様の交流を正直に忠実に伝えるということは、
そう簡単なことではありません。
どこかでちょっと習って出来る、、、
そんな薄っぺらいものではありません。
経験を重ねれば重ねるだけ、分からないことが増え、
葛藤も在り続けます。
何でもそうだと思います。
コツをつかめば出来る!というような謳い文句に誘われて、
お金を出して受講され、手軽に開業なさるもんですから、
間違って伝えられてしまうことが本当に多いのです。
” 違うところ ” と繫がっていることさえも、気づかない。
依頼する側は、そうした人達から伝えられることを本当だと
思ってしまうのは仕方のないことなのです。
伝え手は自分のことを怪しまれたくない、本物だと思われたいがゆえに
自分の言っていることは完全に正しいと思い込んで伝えるもんですから
依頼人さんは、「そうなんだ・・・」と思い込むしかありません。
それで、言われたまま、その不安な言葉をずっと胸にかかえてしまわれるのです。
交流の後に、こうしたご経験を聞く度に、依頼人さんを気の毒に思います。
そして、自分の気持ちとは違うことを伝えられた大切なご家族や
愛しい方々の気持ちはいかばかりか・・・。
たまりませんよね。
私なら、たまらない。
会いたい気持ち、
今どうしているのか、
痛がっていないか、
元気でいるのか、
自分のことをどう思っているのか、
ご心配されるお気持ち、とてもよくわかります。
真面目に伝えておられる方々もいらっしゃると思います。
それにしても、
これだけ次々に、不安を与えられておられるのを聞きますと、
依頼する側が我が身を守る必要があると思います。
我が身を守ることは「相手を疑う」ということではなく、
「心の静けさ」です。
それが依頼する側にとっての護符でしょうし、
会いたい人やご家族に対しての真心だろうと思います。
” ご家族を信じること “
これです。
霊媒、霊能者、占術師、、、あと何という呼び名があるかわかりませんが、
自分から”霊感が強い”と言う人達も含めて、
そういう方々から不安めいたことや不思議なことを言われても
あなたの心すべてをそれに染めてはいけませんよ。
知人友人であっても、です。
言いたい放題、身勝手な人達は信用するに値しません。
鵜呑みにしないこと。
嫌なことを言われて、ショックを受けない人なんていません。
だからこそ、そういうのは信じないこと。
愛しいご家族、愛しい人の心を、大事に大事になさってください。
霊媒等が伝える交流なんて、わずか。
大事な家族のことを、
愛しい人のことを、
忘れるなんてないですよ。
私達が、お婆お爺になって、天命を全うしたその瞬間、
( そのちょっと前からかもしれませんが。)
再会するんですから。
「 会いたくて、会いたくて、
寂しくて、寂しくて、
どうしようもなかったけど、私、俺、思いやりを持って生き抜いた!」
心からそう話して、再会なさるんですから。
これが、自然です。
交流の9割は、霊媒がもたらすものではありません。
大事な人同士の信頼関係と思いやり、
そして、自由意思を大事にしてあげる気持ち。
これが大事です。
不安は、伝え手が依頼人さんの不安を読み取っただけ。
それを ” そうおっしゃっています ” と
涼しい顔で伝えられてしまってる人の気持ちにもなれ!
って私は思いますけどね。酷い話です。
大事なのは、信頼しあう心。
見えなくなったら、信頼出来ませんか?
そんなことはないでしょう?
痛い辛い肉体をずっと維持させることなんて
出来ません。
あなたを忘れるなんて、ありませんから。
※虫が嫌いな方、すみません!
「” ぴかちゅー ” に似てるやん!」
そう言いながら、携帯写真を撮りました。今年の春ぐらいでしょうか。
虫は苦手の私は、8年前に引越してきて、葉山の虫の多さと大きさに度肝抜かれっぱなし。
最近ようやく、見慣れてきました。
ちょっとずつ、(命いっぱい生きてるんやなぁ・・・)と思えます。
とはいえ、ゴキと蚊は、やっぱり嫌い。(苦笑)
アガサ