記念ではなく、日常に刻む。

大震災、終戦、事件、事故。

命に 関わることは 記念にするもんじゃない。

記念ではなく、日常に刻むもの。

その日だけ 神妙な面持ちをして

合掌する、国の要人や大会社のおえらいさん方。

それらをとりまく空気は 行事的空気。

今も 飼い主を待ちわびる犬や猫や動物達が居る。

彼らを撮り続けるカメラマンがおられる。

彼らにご飯を持っていく保護団体の人達がおられる。

まっすぐな瞳が写った写真に 胸がいっぱいになり、

無責任な権力に 腹をたて、

何も出来ていない自分に 一番腹がたつ。

尊い命を奪われた多くの人達、

多くの動物達。

奪われつつある動物達は、健気にも

心ある人達が来るのを 待っている。

待ち続けている。

今も。

私達が 自分のことしか考えていない時も。

国の偉いさん方、大会社の人達が

心を向けたなら、救える命と心は いっぱいなのに。

賢くない私にさえ それぐらいのことが わかるのに。

” もっと便利に! “

電気を際限なく使う人間の鈍さが

便利を当たり前に思っている人間の勘違いが

多くの命を 奪い続けている。

命に関わることは、記念ではない。

記念でなく

日常に刻み

血の通った動きをすれば

落ちぶれている国政も すこしはマシに

なるかも しれない。

この日だけ 私は神妙に合掌しては いない。

電気スイッチを押す時に いつも 刻んでいる。

アガサ

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1件のコメント

  • アガサさん、こんばんは!お元気になられて良かったです。2月末に姉が転び、左手捻挫・顔面打撲切傷、母がインフルエンザA型に、私と主人は眩暈…現在は姉の青タン以外は皆、完治しましたが、降参!参りました。しかし7年前から今日までの東日本の震災を想ったら“参った”とは失言です。首相や政治家の空々しい言動に呆れながらも、自分へも腹立たしい思いです。毎月11日の合掌黙祷、今日の祈りに恥じないよう、改めて刻みます。気づかせて頂きありがとうございます。息子さんの卒業式も目前で、ご家族三人の新生活へ向けてお忙しい事でしょう。体調を崩されませんようお過ごしくださいね。おやすみなさい。

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