自分らしく 居ろ。(笑)

頂いたメールの一部をご紹介いたします。

こうして頂いたメールを掲載させて頂くのは、交流を促すのではなく、

家族や大切な人の存在というのは、なんら今までと変わりないのだと

知って頂きたいのです。

私達の手が届かないようなところ、

私達のことなど 忘れてしまったり、

早々と生まれ変わったり?、

不安のまま 暗黒の世界に閉じ込められたり?、

といったような不安材料など 蹴散らしてください。

悪質な我欲に満ちた方々の口車に乗せられないように

そうした悪いことをおっしゃる方々を信頼するのではなく、

特別意識を持ったタチの悪い方々を特別だと思うのではなく、

あなたの大切な方、ご家族を信頼なさって頂きたいのです。

Cさんのご家族が 私に知らせてくださったことは、

ご本人のプライドを思いますと 到底出来ないこと。

言いづらいことです。

なのに、伝えてくださった。

その勇気とご家族への思いの深さに感激しました。

名前よりも はるかなインパクトのある知らせ方だと思いました。

いつも 私の胸にあること _

” 伸び伸びと 自由に 話したいことを話して頂く “

これが 私の伝えたい ” その方らしさ ” だと思っています。

同時に 私なりの礼儀なのです。

– – – – –

(略)

自分だということを 家族に分かってもらえるという全く同じ境遇に在る方というのは、
お伝えしてくださる言葉や言い回し、そして電話越しに伝わってくる雰囲気まで
主人そのままで、こちらは泣いているのに何故か笑ってしまう、
そんな不思議な気持ちになりました。

(略)

何度もお電話でもお伝えした通り、こういった事は生まれて初めてで、
なにより主人は(略)目に見えないものは完全に信じない、
うっかり私が何か変な夢でも見ようものなら鼻で笑う、
そんな生活だったもので、アガサさんにお願いしつつも、
主人が来てくれなくてもいい、来る訳がない、
そんな期待をしてはいけないんだと心のどこかで思っていたほどでした。

それなのに、お伝えしてくださることも、真っ先に子供の勉強のことであったり、
私には私らしくいろと言ってくれたり、全てがとても彼らしい。
もはや、あれ?主人とアガサさんて面識あったっけ?!と思えてくるほどで。

あんな一言余計なめんどくさい性格の彼を、それもあの性格は
家族の前にしか出さないで生きてきた彼なのに、それをアガサさんが
とても上手に伝えてくださることが夢のようでした。
世の中には目に見えなくとも信じられることが沢山あることを、
今日改めて教えて頂きました。
(ア:おっしゃる通りです。世の中のことは知らないことばかりですが、知らないこともまた、善いのかもしれませんね。)

お話が終わって電話を切る手が震えていました。
感動?感謝?どんな言葉で表現できるのか分かりませんが、
最初の緊張とは打って変わって、終わってみればとても心が暖まるお時間でした。

側にいる、子供の事は任せろと言ってくれたことは、私の一生の宝物にしたいと思います。
自分から伝えることが苦手な人だったので、
きっとこれからもサインなんかは中々出してくれないと思うのですが(苦笑)
そこは私らしく、自然に。
(ア:サインなどにこだわる必要はありません。サインなどなくても絆があります。)

どうせ私には出来ないこといっぱいありますので(笑)、無理はせず。
アガサさんがお伝えしてくれたこと、怖いくらいに主人が言いそうなことでした。
亡くなってもうすぐ◯ヶ月経ちますが、今日ほど彼を近くに感じた日はありません。

なんだかんだと甘やかしてくれた彼を思い出して、
目には見えなくても甘え続けていきたいと思います。
きっと、あれこれ頼みすぎ!って小馬鹿にされるのも覚悟で。
それでもきっと彼はまんざらでもない顔で引き受けてくれるはずです(笑)

(略)

– – – – –

前日か当日、忘れましたが、私の大腿部や臀部、大腿部側面には

生暖かく、ゆっくりと流れてゆく感触がありました。

( なんだろう・・・わからない。

 でも、懐かしい感じがするのは なんで?)

そのはっきりとした感触には、痛みも伴わなかったのが

不思議でした。

でも、その体感は決して不自然ではないのです。

前日は、ティッシュの箱をとても気にし、

当日は、トイレのことばかり気にしている私。

( なんでかな? まあ、ご依頼の前はいろいろあるからな。)

と苦笑いする自分。

好き好んで 霊媒になるわけではありませんから、

心身への影響というのは、諦めの境地です。

自分であっても どうしようもないのだと思うようにしても、

何が何だかチンプンカンプンのことも沢山あります。

チンプンカンプンな状態の私に 助け舟を出してくださるのが

ご依頼くださった方々です。

家族にしか、わからないこと。

家族だから、わかること。

必至に 適した しっくりとくる言葉を選び出し、伝え、

Cさんが「わかります」とおっしゃた瞬間、

” ご家族 ” の 例えようもない喜びが 私に伝わります。

それこそ、何とも言えない のです。

どれだけ 嬉しいでしょう。

想像なさってみてください。

その嬉しさに 感極まることもあります。

( あなたがどなたであるか、わかってくださいましたよ!)

手に手をとって万歳! の気分です。

良かったね!良かったね!と両肩を手でぐっと掴んで、

家族の絆、愛する人との絆に

賛辞を送り、拍手を送りたい気持ちでいっぱいになります。

Cさんのご主人も そうですが、

他界したら 全部を知っているわけではないと思います。

残した家族や愛する人のすべてを 知りつくすのは無理。

なぜなら、彼らもまた、特別ではないからです。

余程のストーカー的性質を持っていないかぎり、

知り尽くすのは無理でしょう?

こちらに居ても、あちらに所属しても。

交流を大絶賛は致しません。

交流がすべてだと 思っていません。

交流している時だけが、家族なんではないはず。

ずっと 家族です。

いつも。

あなたや私が 淋しくても 悲しくても 恋しくても

家族は 家族。

愛する人は 愛する人。

愛犬は 愛犬。

時に どうしようもなく 悲しくなることがあります。

自分でもなんでかな?と思うくらいに。

恋しくて 仕方ない時が あります。

それは きっと、

愛する人が

愛する犬ちゃんや猫ちゃん達が

私達の傍に 居るからだと思います。

頭で判断出来ない。

だけど、

心が反応するのです。

だから、

恋しくて、

涙がとまらなくなるのだと 私は 自分の経験を通して

そう思っています。

そう思うことで、誰かに迷惑をかけたりしませんから

別にいいかなと思っています。(笑)

みんなが、互いを思いやるには、

自分の痛みを 大切にしてやらねば、

思いやることなど 出来ないように思います。

制限のある肉体を持っていた時には、

肉体の内側にある部分(心)を思いやることは

なかなか 難しいもの。

制限ある肉体を脱したからこそ、わかりづらかった、

人の思いやり、

家族の思いやり というのが 少しずつわかってくるようです。

Cさん!

ずっと家族ですよ、ご主人。

当たり前のことですけれども。(笑)

Cさんは、お父さんにはならなくて良い。

あなたは、お母さんですから。

Cさんらしく、のんびりと。

それは、とても素晴しいもの。

私は そう思いますよ。

= おまけ =

散歩をしていますと、自生のクルミが落ちています。
都会派?の私は、指でほじくらないといけないところに落ちているものを
採るのが苦手。(笑)
私「泥、ついてるやん」
家「当たり前。」
私「まぁ〜ね。(苦)」
返す言葉が少なめの私。(大笑)

金槌でクルミを割る家族達。
中味を与えてもらい、食べる私。
私「うわっ。クルミやん!クルミの味するで。」
家「クルミだよ。」
若干、ぽかんとした空気が漂いますが、家族達は流し慣れています。


これはクルミの木です。
ウォールナット。人気の材木らしいです。
ネットでクルミを調べれば調べる程、すごいなと思います。
クルミだけでなく、自生する植物というのは、その土地に適しているのです。
適しているということは、その土地に住む人間に適しているということを
雨降りが続く間に、嫌っちゅ〜ほど、痛感しました。
寒冷地の、山の中での生活では、日光が採り難いのです。
日光が当たり難いと、人間は、カルシウムを吸収しにくくなります。
カルシウムというのは、骨だけではなく、神経にも必要なのです。
(お!若い時分に、栄養学を学んだのが、もしかして活きてる?笑)

日照時間の短い季節がある北欧に、うつ状態が多いというのも今回、山の中の
生活で分かる気がしました。
以来、太陽の陽射しを浴びるように努めています。
食生活だけでなく、すべてが絡み合っているんですねぇ。感心しました。

そういうことで、皆さん!
お住まいの土地で採れる植物(野菜など)に関心を寄せてみては?
旬に採れるものも、大切みたいですよ。
今は旬など無関係で売っていますけどね。(笑)
旬は旬。
地元野菜を大切に。

+3

2件のコメント

  • 朝早くから申し訳ありません。
    4月7日に一人息子を自死で亡くしました。
    自分が入院中で自分のことで精一杯で最後に逢うことも声をかけることも出来ず、息子の気持ちを思うと
    今すぐにでも後を追いたい気持でいっぱいです。
    駄目な母親のところに生まれて申し訳なかったと思います。藁をもすがる気持でメールさせていただきました。息子が今、幸せなのか、一人で泣いていないのか…身元不明者として見つけて骨も持って帰れずだったので…私も死にたい気持でいっぱいです。
    先生のブログを拝見させていただきました。
    息子の気持ちを聞かせていただきたいです。
    死なせてしまったのは私なので一緒に逝くべきなのだとおもいます。
    お忙しいとは思いますが少しの時間でもどちらにでも伺いますので、どうかよろしくお願いいたします。

  • アガサさん、こんばんは。
    私も、初めて伺った時、彼のメッセージを正確に私に伝えようと、言葉の意味を慎重に彼に聞き返して下さったアガサさんに、ちょっとイライラして答えた彼あ(すみませんでした!)の様子は、本当に彼そのもので、泣きながら大笑いしたのを覚えています。
    泣いてしまう時、恋しくてたまらない時、そばにいてくれるんですね。心の支えになります。ありがとうございます!!

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