冷静に物事をみる、とは
世間で起きていることは、IT会社ニュースで、ざっとタイトル読みをします。
3点、気になることがありました。
・尊い命を巻き込んだ大事故を起こした加害者へのうやむやな対応。
・その事故への、著名有名で優秀なコメンテーターの方々のお言葉。
・その事故対応への、ネットからの声が感情的である、という判断。
この3つに共通するのは、不公平で不誠実 ということ。
事故を起こした人が、高学歴でキャリアがあっても、
現実、人が亡くなり、多くの方々が巻き込まれたのですから、
現行犯逮捕です。
これをすべき部署がしていないから、不公平で不誠実。
加害者が指示をしたしないに関わらず、そうした類いの ” 根回し ” は
まるで映画並の速さです。
この大事故に限らず、昔っから、政府高官やそれに準ずる人達が
何かをやらかしてしまったら、お蔵入り、迷宮入りとなるのです。
2点め、著名有名で優秀なコメンテーターの方々のお言葉は、
随所に、ご自分を基準に発言なさっています。
人が亡くなり、ケガを伴う事故や事件につきましては、
コメントする側がご自分を基準にしたようなコメント発言は
観点と論点がズレているとしか思えません。
炎上するのは、極自然なことだろうと思います。
3点め、ネットの人達は感情的だというご意見。
不誠実、不公平があるから、「おかしいぞ」という意見が出るのです。
誠実、公平に事が成されていないから、です。
コメントが明らかに公平を欠いた発言であるからゆえ、
多くの人々が「それはおかしい」となるのです。
それは、感情的ではないと思うのです。
ネット意見=感情的=冷静ではない=独断と偏見
という色眼鏡で見、記事として書かれます。
確かに、感情的なコメントもあるでしょうけど、
すべてがすべてそう(感情的)とは言えないのです。
大切な家族が事件事故に巻き込まれて、亡くなった・・・
事件事故に巻き込まれて、日常生活に差し支える大けがになった・・・
精神的に苦痛が残ってしまった・・・
毎日です。毎日。
ずっとですよ。
事件や事故が忘れ去られていっても、ご本人やご家族の苦痛と悲しみは
毎日毎日続くのです。
事故や事件は、イベントではない。
暇つぶしの起爆剤でもなんでもない。
命と日常が懸かってる。
毎日毎日、一秒一秒、
言葉では言い尽くせない深い悲しみと辛さと怒り、
様々な感情と闘っておられるのです。
凄まじいほどの辛さです。
物事を冷静に見、真実を扱うという大役は、
警察、裁判所など 国家権力が担っていますから、
その部門が、不誠実で不公平なことをやってしまったら
国家はすでに崩壊している、という他 ありません。
地位や権力を持っている者のための ” ご都合国家 ” 。
地位や権力が大きくなればなるほど、崩壊破壊への道が加速します。
きちんとなさること。
被害に遭った人が自分の家族なら、親しい友人なら、
目の色変えてしっかりとお仕事をなさると思います。
各部署が各部門が、例外なくきちんと仕事をすること。
相手がどこかの国王や総理であったとしても、です。
ご家族を奪われた方のお気持ちを考えないで、
何を考える必要があるというのです?
腐り切った対応に、多くの人達は憤りを感じているのです。
それは感情的ではなくて、
至って 自然な 人の心の声です。
誠実であること。
正直であること。
これらは、簡単なようで 実に勇気がいること。
人様に迷惑がかかった時ほど、
震えながらでも
勇気を振り絞らねばなりません。
冷静に物事を見る時、自分の立場を擁護してしまっては
物事は冷静には見れず、まともな考えは出てこない。
そう思います。
亡くなられた方々、
そのご家族、
ケガをされた方々のことが最優先です。
アガサ