外灯をともす 〜 その奥にあるもの 〜

他界からの連絡方法は、決まっていません。

どのようなタイミングで どのような連絡方法をされるのかは

予測不可能です。

私達が肉眼で見ている自然界と同じだと思えます。

人間は起こってくることをただ受け入れる他、ないのです。

そのひとつ、夢という方法。

自分向けではない内容の夢を見る回数が増えてきました。

会いたい家族や親戚の夢も見ない私ですから、

自分自身の見る夢に期待もしてきませんでしたので、

連絡方法に夢が追加されるとは思いもしませんでした。

受入れ、慣れる他 ありません。

ある日の夢は、その夢を見たことさえ忘れていました。

起きた直後( 妙な夢だなぁ・・・)と思い、次の瞬間、忘れ、

いつもの様に朝の準備に突入していました。

家事の流れで何気なく、外灯の電気ボタンを見ました。

ONになっているではありませんか!

「 なんで 点いてんの? 点けたことないのになぁ・・・

無意識で触ったんかなぁ・・・

夜中じゅう明々と点いてたんか。勿体ないことした。」

と自分のボケ具合にガッカリ。

つぶやいた直後、夜中か早朝かに見た妙な夢のことを思い出したのです。

夢のなかで私は、外灯の点灯について話を伺っていたのですが

( 外灯のことで話を聞いたのは初めてかも・・・ )

と思いました。

ひっかかりは感じるものの、いつも通り 過ごしました。

翌日、Fさんの交流でした。

交流の20分前か15分前ぐらいから、部屋の空気が変わり始め

カキーンと緊張し出す自分に可笑しくなりました。

毎回、緊張しますが、毎回、緊張の種類が違います。

緊張というより空気が変わり始めるので、緊張感を感じるのでしょう。

敏感に反応してしまうことは、難儀な体質と思います。

誰かの、何らかの役に立たない限り、難儀。

そうそう。

Fさんからお電話を頂く前のことをお話しいたしましょう。

カキーンとした緊張の面持ちの私に

< 一所懸命にするのは当たり前のことですけれど、

楽しさも必要ですよ。

やってみたいことを取り入れるのです。>

このように突然話しかけてくださった女性とは、以前お会いしています。

一度じぃっと顔を見たら、忘れないのは子どもの頃からで、

兄弟から「 よー覚えてるなぁ。せやけど、何の役にも立たへんやん。」

と言われていたことがあります。

それを思い出し、( 役に立ってるで、今 )とニヤっとします。

その代わり、名前などは全く覚えられない。

すみません、話がそれました。

お会いしたことのある年配の女性でした。

( あぁ、あなた様でしたか・・・)

そんな私の一言など聞きもしなかったように、

< つぼみも随分膨らんできていますねぇ。綺麗ね。

外にあるものを内にいれるのは勿体ない気もするけど、

室内に自然を感じることも、大切だと思います。

来られるお客様をお迎えするという気持ちの表れ。

表現、ですね。>

ご自分が思っておられることを気品あふれた話し方で仰います。

この方がおっしゃる思われているその空気に入り、

そうだなぁ、

その通りだなぁ、

と思いながら、室内なのに野外のような春を感じていました。

( あっ! こういうことなんですね!?)

ふふふという微笑みなのか、そうですよという頷きなのか、

その両方だったのか・・・思い出せませんが、意図が合いました。

この方が歩まれた道に触れたことはありませんが、若かりし頃、

華道のお稽古に数年だけ通っていたことがあったことを懐かしく

思い出しました。

六畳の部屋は、もはや室内ではなく 見渡す限りの”野外”でした。

しばらく、ぼぉ〜としていた私を、

< 外灯のこと >

この一言で現実に戻されました。

( 外灯? ・・・??? あぁ、外灯っ!!! )

< そうです。外灯のこと、わかっていますね?>

( はい。わかっています。わかっていると思います・・・)

わかっていますと返事をしたものの、この方の意図と私の理解が

一致しているのか?・・・

焦りにも似た思いを感じながら、疑問を持つより確認しようと

女性の方に顔を向けました。

ところが、カキーン緊張のせいで、ぎこちないのです。自分が。

目だけの ” チラ見 ” になってしまいました。

( あ、こんな失礼なことってないわ!)と自分で思った矢先、

< 人と話す時は、相手のお顔をご覧になって話すものです。>

・・・・そうです。

仰る通りです。

( 早く、Fさんからお電話ないかなぁ〜・・・

Fさん、早くお電話してください。お願いします。)

心から願った直後、電話が鳴りました。

( Fさんっ! 良かった!)

まるで、助け舟を発見した漂流者のような気持ちでした。

安堵の気持ちいっぱいで電話に出ました。

お電話を頂く前のことをお伝えしていたなかで、

外灯のことをお話ししました。

拙い説明と状況描写に耳と心を傾けてくださり、外灯の事を

Fさんがよくお分かりなのには驚きました。

人にとっては些細なことであっても、伝えられるべき人には

疑問に思っていたことが伝えられる_

その喜びと申しましょうか、安心感というのでしょうか、

言葉では言い表せないほど心が高揚します。

今も見守られていることを実感するのです。

それでは、

Fさんから頂いたメールの一部を掲載させて頂きます。

– – – – –

姿形が消えてしまっても、この世にいらした時以上に、
見守って下さっている事を確信出来て、心新たな気持ちになる事が出来ました。

この世を生きる不条理さもまた、自分を知る上で必要な事とも思いますが、
それらに侵される事のない強い素直さを持ち続けている限り、この世を
離れた方々もそばにいて、何らかの方法で教え応援してくれているを
伝えて頂いて、本当に心の芯がしっかり出来ました。

(略)

– – – – –

血の繫がりというのは、この世ならではのもの。

縁というのは、血縁関係がある者同士よりも、

血縁ではない方々との方が多いように思います。

どちらが良い、ということではありません。

なかには、非常に濃い縁があり、生涯の師、心友になるのです。

交流時には、Fさんにとってかけがえない恩師のお二人が

お越しくださいました。

恩師の方々との歴史があり、恩師それぞれのお人柄を

よくご存知だからこそ、私が感じるひとつひとつにも

実によく理解を示してくださるのです。

信頼と尊敬、尊重がなければ、理解することはなかなか

難しいと思います。

それは、自然界と似ているように思えました。

考えに考えても、準備をしていても、自然界の現象は予測不可能。

地震がその例です。

優秀な頭脳と経験のある学者、研究者が長年調査し続けても

予想通りではないし、

その反対側の極に位置する霊能者?が告げても、その通りには

ならない。

つまりは、自然に関することを予測するのは、

防災の意味で必要であっても、結局は、私達の傲りによるものです。

つい、私達は自分の考え(価値観)で物事を見てしまい、

それでいける、それでいきたいというAプランのみで行動します。

それが駄目だった場合のBプランを考える前に、行動しがち。

頭を使う、考えるというのは、やっていないのです。

真実を見つめるというのは、決して美しく素晴しいことばかり

ではないのです。

恩師のおひとりが外灯について話されたことは、

ご自分の価値観をFさんに押し付けるものではありません。

そこには、

相手を思いやる気持ち、つまりは、心からお迎えすることを

相手を思う、相手の目線になって考えるということが含まれていました。

外灯をともす。

たったそれだけのように思われるかもしれませんが、

その奥にあるものは、光源の輝きだけではなく、心がこもり

相手の気持ちに寄り添われていたのです。

自分の行動、行いの奥に潜むのは、何か。

選び、決める時の奥に在るものは、何か。

私達はつい、一方向から見た考えたことで答えを出そうとします。

足踏みをしてしまうかもしれませんが、答えを早く出す事の前に

物事の流れを出来る限り、自然の流れを汲むように想像する事も

大切だなぁ・・・と思えます。

交流に、派手さはありません。

entertainmentではないから派手にする必要など、ないのです。

奥深くにあるものを伝え、聴き、信頼と愛情と尊重をもって

心の内へと ゆっくり誘うものです。

大切なのは、相手の心を思いやる気持ち、感謝、信頼。

どんなことにも、それらが大切だと思うのです。

Fさんはこうも仰っています_

– – – – –

現実にお目にかかる以上の「真実」の時間を頂き、

今も確かな響きとして大切に私の心深く存在しています。

– – – – –

目に見えないことほど、その奥は深い。

かといって、目に見えることを軽んずるわけではありません。

目に見えることと、目には見えないこととのバランスが

心でとれていることが大切。

それが日常生活において、様々な時に、特に困窮した時に

多いに助けとなり、励みに思えるのです。

尊敬できるのは、調子の良い時の姿や言葉ではなく、

おそらく、困窮している時にも何が大切なのかを

心に深く刻み込んでいる姿と精神なのだと思います。

カキーン緊張は、恩師おふたりへの

Fさんと私の尊敬の証とも言えるでしょう。

良い、自然な緊張感は、尊重尊敬礼儀の証。

= 今日の一枚 =

ピントが合っていません。スミマセン。
老眼になると、こんなふうにボヤけてしまうのです。(言い訳)

大根の葉の部分を切って、新鮮さを保つために水に。
なにげなく見ると、茎の断面に「水」が!

当たり前といえば、当たり前なんですけれど、
こういうのに感動します。

すごい! 水、吸ってる!
すごいなー、植物って!

大根の葉のお味噌汁、美味しいですよねぇ。
大根の葉が大量に手に入ると我が家はフリカケを作ります。
これまた、美味しいのです。
ついつい、ご飯がすすみます。(笑)

素朴なおかずは、身体を地道に地味に確実に担ってくれます。

アガサ

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