子どもの命

世の中、どうしても黙っておけないこともあります。
ちょっと、吠えますけど 許してください。

幼い子どもを置いて、親がどこかへ遊びに出掛ける_
なんで? 
なんで、そんなことが出来るの?
そんなことが頭をグルグル巡ります。

世の中の、有名な方々はものすごく物わかりが良さそうな
コメントをされています。

有名な方々が寛大な心なのか、
それとも、自分が 狭過ぎるのか、わかりませんけど
それに関してはどっちでも良いです。

社会に頼って、と おっしゃる。
確かに、そのことは分かります。
独り親は大変です。
とにかく、大変。

親が親としてではなく、
「遊びたい」慢心であるならば、
事情が違ってくると思うのです。

カタカナで表現するのは、生温い感じがしますので
使いません。
漢字で書きます。

欲による犯罪。
一人の大切な命が、奪われたのです。

「もっと 周囲を頼って」
ちょっと、違うんではない?
周囲を頼る・・・それ以前の問題です。



世の中、一人親で懸命に育てておられる方々は
たくさん おられます。
ご自分の食事も睡眠も削って、子どものために
働いて、家事して、仕事も掛け持ちしてる親御さんが
たくさん おられます。

それが 親心です。

自分のことよりも、子。
その思いが 親です。

「社会を、周りを頼って」って・・・
申し訳ないですけど、それは、真面目に頑張ってる
親御さんに向けての言葉だと思います。

今までも、同じようなことを繰り返していて、
今度も遊びから帰ってきたら、出迎えると
まるで、何かの生き物かのような程度です。

この子がいなかったら、自分は好きな人と
一緒に居れるのに・・・

なに、それ。

もちろん、お子さんは、他界で多くの方々、
心優しい温かい方々が手厚く守っておられます。

防げることがあるでしょうよと思います。
大人の欲によって、幼い子の命が奪われるのは
堪りません。

この世で適当にしてても、他界ではよくしてもらえる・・・
そういうことではないのです。

この うつつの世と他界は密接に関係しています。
二つの世界は、深く関わっているのです。

こっちは、こっち。
あっちは、あっちでは ありません。

こっちで、どう生きたか。
どれだけ、真心を育んだか、です。

自分のこと、
自分の欲を満たすことしか眼中にない。
幼いわが子をなんだと思ってんの。

社会の手を差し伸べる_

差し伸べるべき人達は、身を粉にして
子のため、家族のために 懸命に生きておられる。

一体、
幼い子ども達が何人、
あと 何人、尊い命の灯火が小さくなるその瞬間まで
他所で遊びまくってる親のことを思いながら、
「 おかあさん・・・ 」
「 ママ ・・・ 」
か細い声でつぶやきながら、
他界に行けばいいの?



命に関わることに、自分は寛容にはなれません。
物わかりの良さそうな人を装うことなんて出来ません。
したくないです、そんなん。

キレイな言葉_
周囲を頼って、社会の手を差し伸べてあげて、、、
事の重大さは、そこではないでしょう と思うのです。



子どもの命、なんやと思ってんの?



口悪くて、すみません。
本当に、すみません。

でも、
ほんまに 腹立つんです。
涙 出るくらい、腹立つんです。

お子さんを亡くして辛い悲しい毎日を懸命に生きて
おられる方々をたくさん存じていますので。

だから、
めちゃくちゃ 腹立つんです。



口悪くて、すみませんでした。







アガサ

1件のコメント

  • ことの重大さは本当にそこではないでしょう、と。
    私もそのとおりと思います。TVで見ていて、社会が…周りが…なぜこんなことに…のコメントに怒りを感じました。亡くなられたお子さんが可哀想でなりません。どれだけお母さんが好きだったことでしょう。

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