誕生日に重なった”伝言”_ ゆるっとアガサ
先週末、59歳を迎えました。
年々、一年の速さに驚きます。
何とか暮らせていることに有り難みが増します。
誕生日の朝、散歩中に ばったり出会ったご近所さん。
ご出勤前なので、ちょっとだけ立ち話。
30秒も話してませんが、
ハッとすることを仰いました。
(こういう場合、”神ってる”って言うのかな?笑)
この1時間半後ぐらいに、
最初のご依頼以来ずっと連絡をくださっている方からLINE。
先月か先々月頃から、なんとなく
頭に浮かんだことについて書かれてました。
またしても、ハッ。
驚きです。
さらに、数時間後にも、
複数名の方々からいただいたメールに
ふわりと書かれていました。
・・・こういうことって、あるんやな・・・
あまりにも、不思議過ぎる。
自分の内側から湧いていたこと_
…やっぱり、私はアガサなのか…
嬉しいとか、がっかりとか、どちらでもありません。
・・・これが、いわゆる”助言”ってやつか?・・・
半日の間に、いただいた言葉が
共通するって ねぇ。
私の内にある、アガサの部分は
子どもの頃から怖い経験が土台にありました。
見えてしまうもの、聞こえてしまうこと、
すべてが怖かったし、嫌でした。
平然を装う(反応しない)、
夜は外出しない、
気分が悪くなりかけたら、その場から直ぐ退避_
こうやって自分を守っていたように思います。
(若い頃、習慣にすることでマシになりました)
40代に入った頃から伝えることが増え、
24時間 働いているような毎日でした。
子どもの頃の恐れは、ご依頼をいただき
交流を重ねていく中で正しく解釈できました。
ご依頼くださった皆さんのおかげです。
怖がることなく、毅然とした態度になれました。
他界や他のところから話されたことを
きっちり伝えることで
自分に残っていた疑問や疑いも
潰していけました。
ちょっとした違和感も、
一字の違いでさえ認めず、
全てが納得できるまで、
他界とやりとりをし続けていました。
それでも、
私は自分を認められなかった。
誕生日の日、
別々の方々から、
同じ内容のことを聞かされました。
偶然ってこんなに重なるものなのか。
どうなんだろ
・・・もう認めても良いのとちがう?・・・
・・・人それぞれ個性があるやろ・・・
・・・アガサは、個性の一部や・・・
そうか
個性の一部か
自然の一部なら仕方ないなぁ
こんなふうに、思えたのです。
どこか、ほっとした気持ちもありました。
意外でした。
還暦を前にして、
自分は自分のままでいい
認めても良いかと思えたのです。
*友愛こもったキッパリとしたLINE(抜粋)*
– – –
皆さんがアガサさんを希望されているんだと思います。
真剣にやられるってお気持ちは大切です。
アガサさん真面目だから、
手抜きなんて出来ないってお気持ちもわかります。
アガサさんを経験された皆さんは多分
がっつりじゃなくてもほんの少しでもいいから
って伝わってきた事を
お聞きしたいってお気持ちじゃないんですかね。
私だって、癌発覚時にアガサさんが
「⚪︎さんのお母さんだと思いますが
『こっちにはまだまだ来ないから』って」
伝えて頂いた時にめちゃくちゃファイトが湧いて
治療に専念できました。
アガサさんは私の母が言った言葉かきちんと確信を
もてないからいい加減には伝えたくなかったのかな?
と思いましたが、
母からの言葉ではなくてもアガサさんが感じた事を
伝えて下さった事でこうやって生きる力、
病気と闘う事ができました。
だから力み過ぎず、ゆるっとアガサさんは如何でしょうか?
– – –
“ゆるっとアガサ”
親しみやすい良いネーミングです。
ありがとうございます。
必要ならば、
必要な時に。
タイミングが合ってきます。
アガサ要素を盛り込みながら
悩みを感じている方々の一助になるよう
肩の力を抜いて、誠心誠意でお受けします。
ただ、
以前のような他界交流ではありませんので
このことをご了承ください。
ホームページや申込フォームに掲載しておきます。
日常は奇跡の連続。
素心を大事に生きていたいものです。
ありがとうございます
アガサ
※12/10文章一部修正(不明瞭な部分をより明確にしました)

気づけば、イチョウの葉も銀杏も落ちてきました。
みなさんのところも、そう?
短い秋、身辺の身近な自然を慈しみましょ。