家族の愛に包まれて
身に起こることを得意げに書くつもりは、全くありません。
長年、気になっていたそうしたものを尊重こそしていましたが
その意味や理由など 全くわかりませんでした。
( 解明する気などさらさらない自分です。)
そういうふうに感じる、そんな気がする _
というレベルではなく、明らかに肉眼で見えるのです。
そのひとつが、まばゆい光(光体)。
その光のことについて、
TさんとTさんの母上から頂戴した交流時に” ご家族 “が話されたことで
長年、私のなかでの疑問が明らかになり、確信を得たのです。
前夜の就寝時に、
( 明日、迷わずにお越し頂けるかなぁ〜
車の運転が出来ない自分が書いた案内だから
間違っているかも しれんなぁ・・・)
そんなことを思いながらも、
運転に長けておられるTさんだから、大丈夫だろうと思い、
ぼちぼち 寝ようかと本を閉じたのです。
突然、枕元に まばゆい光が射してきたのです。
( うわぁ、まぶしっ!)
突然の訪れに豆鉄砲をくらった思いの中、Tさんのご家族だと思いました。
( お父さんかな・・・?)
しばらく浴びていて、
( ・・・いや、違うな。申し訳ないけど、お父さんじゃない。)
※お父さん、ご無礼をお許しください。
違うどなたか、です。
( どなたであろうと、安心なさってください。)
そのように小さな声で言いました。
隣で寝ている家族たちを起こさないように。(笑)
※いつものことですが、前日に起こったことは、翌朝になると
忘れてしまう私です。
当日、わが家にお越しになるというので、
荷物をあっちにやったり、こっちにやったりしていました。
< そんなにしてもらわなくて いいよ(笑)>
< あ!お父さんっ!>
お父さんがそうおっしゃってくださるのですが、
遠いところ、こんな山の中までお越し下さるのですから
おもてなしは出来ずとも、アガサ部屋に成るように
片付けるぐらいはさせて頂きたいのです。
引き続き、片付けをしていますと、
< 運転、代わってやるから。休め。>
と何度もおっしゃっていたお父さん。
そっとしておきました。(笑)
( お父さん、優しいなぁ〜。バァ〜ンとしておられるけど、娘思いだなぁ。)
なんとも微笑ましくて、にやにやしました。
Tさんと母上は、順調に来られました。
久しぶりの再会は、友人との再会のようです。
懐かしさ、いっぱい。
家につくまで、交流をはじめるまでの間、
何気ないお喋りは、私にとって楽しく心和む時間です。
お喋りもそこそこにして(笑)、静かに交流に入りました。
「 そういえば、Tさんとお母さんがお越しになる前に
お父さんが、『 運転、代わるから。休んでおけ。』と
何度もおっしゃっていました。
バァ〜ンとなさっているけれど優しい人ですね。微笑ましいです。」
Tさんと母上はお互いの顔をみて、あ!となさっていました。
「 高速は私が運転していたんです。途中どうしようもなく
眠くなってきまして、炭酸飲んだりして運転していたんです。」
「 そうですか。だから、お父さんが運転代わるっておっしゃっていたんだ。」
「 そうだよね、眠かったよね。」
Tさんはお母さんにも確認なさっていました。
話の尽きない、ドォーンとした貫禄のお父さんは
本当に楽しい方です。
しばらく、お父さんの対話を伝えていたところ、
一段落したように思いました。
そうしますと、Tさんから
「 父の他にどなたか来ていますか?」と尋ねられました。
お父さんの横、やや後ろ斜めに注目しますと、
まばゆい光で包まれた方が 穏やかに静かにおられました。
「 ものすごい光で包まれた方がおひとり、おられます・・・
あ、昨日の夜に来られていた方です。
※ここでようやく、昨夜のことを思い出したのです。
女性です。まだ、お若い・・・と思います。
お母さんに似ておられますよ。
もっとはっきりと拝見したいのですが、まぶしくて・・・すみません。」
そう伝えている私は、
Tさんとお母さんの空気に 緊張感が帯びてきたのが分かりました。
( 大切な方なんだ・・・)
「 あらら、お母さんの傍に行かれました。
そちらです。お母さんのそちらに寄り添っておられます。
お母さんのことを心配なさっています。」
Tさんとお母さんはおふたりだけで何やらこしょこしょと
話しておられるようでした。(私には聴こえませんでした)
< ◯◯◯ ちゃん>
「 今、Tさんのことを『 ◯◯◯ ちゃん』と呼ばれました。」
「 そう呼んでくれていました。」
Tさんは、涙声になっておられたように思います。
「 間違いないよね。お母さんに似てるよね。」
話しづらく、聴こえづらかったのですが、
その女性の思いは少しずつ、私の心に流れ込んできました。
< 母が私の手を握ってくれた時、本当に安心出来ました。
・・・薬よりも効きました。
・・・おかげで とても穏やかになれました。
私は・・・家族のみんなに見守ってもらえて 本当に幸せです。>
話されるまま、そのまま伝えました。
< ・・・妹です。>
「 え?妹?妹さんですか?」
「 はい。妹です。」
「 そうですか。」
「 すごくお若いですね。」
< そんなに若くないです。>
「 そんなに若くない、っておっしゃるんですけど、お若いですよ。」
「 妹は、よくそう言っていました。」
そうした交流を静かに聴いておられたお母さんは、
流れる涙もそのままに、話し始められました。
「 娘と・・・約束をしたんです。
その約束はまだ守れていないと思うんです。」
< ううん。十分に守ってもらった。約束を果たしてもらっています。>
「 約束は十分に守ってもらって、果たしてもらったと言われていますよ。」
「 そうですか。私は自分ではそう思えないんです。」
「 お母さん、娘さんが
『 手を握ってもらって、とても落ち着きました。薬よりも効きました。』
とおっしゃっていますが、おわかりになりますか?」
「 わかります。私がひとりだった時です。
いつもは娘の周りには家族たちがたくさんいましたが、
その時は私ひとりだったんです。」
「 そうでしたか。おわかりになるのでしたら、良いです。」
母の愛あふれるなか、涙ながらに ぽつりぽつりと話されました。
「 娘は、とても暴れていたのです。すごい力でした。」
「 無意識とはいえ、ものすごい力と聞いたことがあります。」
「 そうなんです。私は懸命に娘を押さえてました。
ちょうどその時、お医者様のご一行のような、たくさんの方々が、
来られていたようですが、とにかく私は必至で。」
「 そりゃそうですよ!」
※ア:こんな時に大名行列みたいなのが来んな!と思いました。(すみません。口悪くて。)
「 必至に押さえながら、私は娘に言ったんです。
『 子ども達のことは 大丈夫だから。ちゃんと見守るから。
だから安心して!』
と必至に話しかけていました。そうしましたら、娘はすっと
静かに穏やかになったのです。
見習いの方かどなたかわかりませんが、後ろの方で
『 そうか。暴れるのは何か言いたいことがあるんだな。』と
言われたんです。振り返る余裕はありませんでした。」
大切な時にそういう無神経なことを口走ったどこぞの若造に
我慢出来なかった私は思わず、口がすべってしまいました。
「 なんてことを言うんだ、大事な時に!
・・・あ、すみません。失礼しました。」
大事な時に・・・の次の言葉は何とか飲み込むことが出来ました。
※ア:心の中では、◯◯◯◯!と叫んでいたんです。
娘さんは私がムカッとしているのがお分かりだったのでしょうか、
さりげなく、話をかえてくださったように思います。
< 私がまぶしくて見えないって言われていますけど(笑)、
そうでしょうね。確かに光が私にも見えます。
そちらではこういうのは全く見えなかったんですけれど。(笑)>
( ご自分でもお分かりになるのですね。そうですか。)
< なんだろうな、どうしてだろうと思っていたんです。>
( はい。)
< それは◯○なんだと分かりました。きっとそうです。>
( そうだったんですか!? それは・・・)
もう本当に驚いてしまって、多分、私は放心状態だったと思います。
とても納得できたからです。
Tさんとお母さんにも、もちろん そのことを伝えました。
長年、私にはそれがどういうものなのかが分からず、
あえて、尋ねることも追求することもしなかったことも。
そのことを娘さん(妹さん)から教えてもらえたことが
どれほど貴重なのかということも話しました。
お母さんの涙は、ずっと流れていました。
親が子を亡くす悲しみは、想像するだけでも辛く悲しいのです。
場を同じくする私には、お母さんの悲しみも伝わってきます。
娘さんご自身もお子さんがいらっしゃるので、おわかりになり、
何とか慰めてあげたかったのでしょう。
< 母の隣に・・・来てもらえますか?>
( お母さんの、ですか?)
< はい。母の背をなでてほしいんです。お願い・・・>
( ・・・私なんかで、いいのですか? 私なんかで )
< お願いします。>
(・・・は、はい。)
触れることに戸惑いながら、しどろもどろなことを言いながら、
「お母さん、ちょっと、、、お隣に座らせていただきます。」
と恐縮しながら座り、背中をさすりました。
「 ありがとうございます。」
「 いえ、私、そんなつもりはないのです・・・」
と またもや もごもごとしていたと思います。
< ありがとうございます。少し落ち着きました。>
( わかりました。)
そう話してから、私は自分の椅子に戻りました。
ようやく 涙を拭われた頃、
Tさんは
「将来、妹のところにころがりこもうと思っていたんですよ!」
と少し安心なさったのか、にこっと冗談めいた表情で言われました。
「 それは良いですね!・・・もう無理そうですか?」
「 無理、でしょうねぇ〜(苦笑)」
「 計画倒れ・・・っていうアレですね。」
皆で大笑いしている時に、
< 連れてきたのは、(自分だというジェスチャー)>
お父さんがアピールされていました。
本当に愛嬌のあるお父さんです。
それもお伝えすると、
お母さん、大笑い。
Tさんは、
「 わかったって、親父!」と言いながら 大笑い。
私も大いに笑いました。
帰り間際、
「 秋の紅葉の頃も綺麗でしょうね。また 来たいね。」
とおふたりでおっしゃっていました。
「 紅葉も綺麗らしいですよ。まだ私も見たことはありませんが。笑
よかったら 遠いですけど お越し下さい。」
そう言って、家の前でお見送りしました。
車が見えなくなって、思いましたのは、
人は 深い悲しみを胸にひめていても
見た目には分からないということ。
隠しているという意味ではありません。
たわいもないお喋りをし、談笑するその内に
どれほどの悲しみをもっておられるかは、わからないものです。
その分からなさも、大切にしたいと思います。
” 他に対して誠実であること、 思いやりを持ち続けること。”
これは、私が毎朝毎晩、誰かわからないけれど
自分に対しても常日頃、思っていることです。
すべては、常日頃、日常にあるんだと思います。
自分の生き方、心の持ち方や在り方というのは、
周囲に じわじわぁ〜っと染み込むもんだろうなと思うのです。
それが、家族に広がっていきます。
助け合わない家庭もあれば、家族総出で助け合うご家庭もあります。
薬よりも、お母さんが子を思って、ぎゅっと握る懸命の手と愛が
効くのだとおっしゃった娘さん。
医療は、何のためにあるのか。
若い先生方は、出世・お金儲け・威厳等のためにではなく
命の尊さ、人生の尊さをご自分に問う必要があると思います。
名医に成る成らないというのは、そういうことだと思います。
心の伴わない名医は、いらっしゃらないでしょう。
技術面だけではなく、人の心というのも大切にして欲しいものです。
間違っても、悲しみが広がっている空気を濁すようなことだけは
なさらないで頂きたい。
神聖で、ご家族の愛があふれる領域なのですから。
= おまけ =
「疲れた時に聴かれたら良いなと思います。」
とある日、頂戴した一枚の音楽CD。
早速、聴きました。
音楽の詳しいことは分からないのですが、とても素晴しい演奏です。
落ち着きます。
山の中では、小鳥たちのさえずりがすぐそこで聴こえます。
Blue Owl の演奏と小鳥たちのさえずりが重奏となり、感動です。
全身から汚れたものが出ていく感じがしました。(苦笑)
本当に素晴しい演奏です。
亡き父が趣味として稽古していた尺八。もっとも趣味程度ですが、
父が家で練習していた時のことを思い出しました。
声ではなく、楽器から奏でられる音というのは、言語を使わないだけに
奏でる人の心が顕著に出てくるように思います。
尺八、二胡、ピアノの調べがとても心地良く、聴き入りました。
「Blue Owl」という名前、そこに含まれる意味や思いにも、心癒されます。
愛蔵音楽CDです。
アガサ