言うは簡単、行うは難し

アルバイト先でのお昼、手抜き満載お弁当を広げながら、
自宅にはない”テレビ”をしげしげと眺めています。

まぁ〜、うるさくなったもんですね、日本。(苦笑)

やいやい、あーだこーだと、お仕事とはいえ、大変ですね。
一理あるなと思える部分もありますが、
所詮は、他人様のお考えですから、そこまで。
まあ、何と言いますか、自分がしっかりしろよと思います。(笑)

他人様の行動を非難批判するのは、簡単。
しかも、陰で(SNSなど)言うのは、もっと簡単。

他人様の人生をご自分(言う人)が生きてこられたのではない
ですから、知ったそうには言えませんよね。普通は。

他界されたことについて、他人がとやかく言うのは正直、
けしからんと思います。私個人的な考えでは、です。

人の人生。

他人だから、身勝手、好き放題、言うのでしょう。
しかしながら、そこに「相手を尊重する」は皆無。

よく、ほら、言われていますアレ・・・
“みんな違って良いんだよ、みんな大事。ひとりひとり大切。”
コレは、よく口にされてますけど、どこ行ったんでしょうねぇ。

言うは簡単、行うは難し
でしょうか。

ストレートな表現をしてしまうことを、心からお詫び申し上げます。
この表現や文字により、お辛い思いが増して来られる方々には、
心からお詫びいたします。
同時に、心から「安心なさってください」と申し上げます。

私は、自死が一般的に言われている思われているようには、思いません。
ストレートな表現ですみませんが・・・
亡くなり方で他人様の人生を決めるな!
そんなので他界後の人生が決まるわけない!
ということを記しておきます。
勧めもしませんし、非難批判も思いません。

わーぎゃー言う一般的な考えを持つ生き方をしている人達が
想像を絶するほどの辛く苦しく、
そして、必至に命を燃やしてこられた方の人生を
批判非難することはお止めになった方が善いと考えています。

こう申せるのは、交流をさせて頂いているからです。
交流で自死された方々は、光り輝いておられます。
泥くさいところや暗いところなんかにおられません。
逆に、すごく、守られておられるのです。

泥臭いのは、他人への悪口、いじめ、攻撃・・・自己中心的感情です。
病気、事故、事件、自死、どのような他界の仕方であっても、平等です。

ただ、違ってくるのは、ご本人本来の心です。
表沙汰にならなくても悪いことをし続けても、
平和にラッキーに生きておられる方々も多くいらっしゃるでしょう。
しかも、お金持ちで、お葬式や戒名やなんだかんだと立派に見送って頂ける方々。
方や、
誠実で正直で、人や動物、虫、植物と「他」への思いやりのなかで生きてこられ、
病弱で貧乏で、お葬式もあげれない、独りひっそりと他界される方々も多いでしょう。
これら「外的環境」によって、他界が決められません。
全く、無関係。

上記の前者タイプがまかり通る、このうつつの世とは違います。
先のタイプの方々は、他界後が大変です。
交流でそういう方と繫がった時はその場で倒れるかと思ったほど、私はしんどかったです。

「他界はすべて自然です」と申し上げるのは、そういうことなのです。
ずっと悪いことをし続けて、他界後の自分の身を案じて、
「どっかに寄付しとこか」で他界後が楽になる・・・という私利私欲
誤摩化せるわけがない。

でも、誰からか制裁を加えられるイメージとは違います。
地獄があって、閻魔大王がおられて・・・というのは違います。

自分なんです。
自分の心は自分を知ってますから、ね。

他人様の批判非難ばかりし続けてきた方自身の心とて、正直です。
心は記憶記録しています。
自分に嘘はつけないのです。

多くの方々の交流をさせて頂いて思いますのは、
「人生というのは、時間の長さではない」 ということです。

自分自身のストレス発散のため、他人の行動をどうこう言えるのは、
自分の人生を生きてない、と言えます。
自分のこと、家族のこと、自然界の生き物たちのことを思いやっていれば
それだけであっという間に日が暮れます。
SNSで他人様のことを批判非難してる暇など、ありません。

自死をすすめもしないし、見下げることもしません。
他界された方々の心に接して思いますのは、
「精一杯、頑張っておられたんだなぁ。」ということです。

それと、
「ご冥福は自然であり、今は、安らかに平和でおられるんだなぁ」
ということです。

年を重ねるうちに、頭の回転も動きも鈍くなり、年齢を痛感する私は
こう思えてきたのです_
「相手を9割信頼するけど、残り1割は保留にしよう」って。笑
残り1割を疑うという意味ではなくて、相手にとっても自分にとっても
「余白」にしようと思うのです。

日本には素晴しい感性があります。
それは、「余白の美」です。
ぎゅーぎゅーの本棚では、新しい本が入らなくて、息が詰まります。
どこかにほっとできるスペースは、私達の心や精神にも必要だと思うのです。

世の中、これだけ多くの人間が地球で偉そーーーにしてますから(笑)、
まあ、いろんな人がおられます。笑

そのことを現実、日常で経験をなさってきたならば、
頭だけでなく、心でわかっておられるでしょう。

あーだこーだ言うのは簡単なんだよねぇ、
実際、自分が相手の立場になって行うっていうのは難しいことだよ
このことにしみじみします。
経験したら、です。(笑)



まあ、みなさん。
心、素直に。
素心を大切になさってください。
私も心掛けます。(笑)





= 日常のヒトコマ =
数ヶ月前に撮った写真です。笑
会社で頂いたイチゴのヘタ取りをして、ガラス小鉢に入れますと、
あっ!
これ、ハートみたいやんっ!!!
50も半ばになってくるオバチャンが喜ぶような事ではないんですけど、
心に年齢はありませんからね。(大笑)
肉体は老化の一途を忠実に、スピードアップして辿っております!(爆笑)

4件のコメント

  • アガサさま

    お仕事頑張られているのですね!
    誠実なアガサさんのこと、すぐになじまれると思っています(^o^)

    私は、母の死後半年くらいのとき、元会社の人たちに誘われ食事をしましたが、私が母に対して一番後悔していたことをサラリと指摘され悲しんだ記憶があります。家庭の事情も何も知らない人に簡単に否定されたことに、悲しみました(TдT)
    しかし自分は人にそういう短絡的な発言をしないように気をつけようと思いました!人にはそれぞれ事情があり、体験したことも違うのですから。

    • そうですよ。
      私達の口から発せられる言葉、メールの文字は、その人の人生経験を明瞭に表します。どんなに美しい言葉を並べられても、単なる知識としての場合もあります。その場合は、心に響きません。逆に、言葉数が少なく、ぽつんと言われた言葉に心が救われることも多いです。
      “他人の振り見て、我が振り直せ” ですね。悲しい経験、辛い経験をしたからこそ、言葉選びも大切に丁寧になってくるのが自然だと思います。誠実、謙虚というのは、そういうことなんだと思います。
      お母さんもyさんのことを大切に思っておられますよ、今も。これからも。ずっと。
      アガサ

  • 車のハンドルの『遊び』とか、五重塔の心柱とか、閏年とか。余白がないと、全体が整わない気がしますね。
    ひびが入ったり壊れたり、違うところにガタが来たり。
    私も心に余白持てるようにしたいです。

    • 美穂さん、そうらしいですね、五重塔。うるう年も、そうでした。
      なんでもきっちりやってしまうと、ついつい、他にも同レベルや同意識を求めてしまいますからね。苦笑
      性格や性分が大いに関係してきますが、まあ、なんでも、「ほどほどに」ということでしょうか。笑
      アガサ

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