弟子、いません

突然ですが、

アガサに弟子は、いません。
弟子を取るような人間ではありません


誤解なきよう、惑わされないようになさってください。



なぜ、そんなことを言う必要があるんでしょうね。
欲にかられた、人の感情というのは本当に不思議。
人気欲を得たい感情が大嫌いな私を話のネタにしても
何の益にもならないのに。

そもそも、目に見えないとされていることに関して
弟子、先生という考え方がオカシイ
と思います。

被害に遭われた方がおられるのかどうか・・・
それだけが心配です。
金銭面の被害、口車に乗せられる被害が
後を絶ちませんので。

今後もあってはいけませんから
本ブログとホームページの「よくある質問ページ」に
留意喚起の意味で記載させて頂きました。



「何? その人達!」と気分悪くお感じになるかと思いますが
事は重大ですので、語気を強めての表記をご勘弁ください。

先日、ご依頼を頂いた方から突然、こうお尋ね頂きました_

「あるブログに『アガサさんのお弟子さんという方が都内で
ミディアムとして活動されている』と数年前でしたか、
書かれているのを見てびっくりしたのですが、
お弟子さんがいらっしゃるのですか?」
と言われました。

なんでまた、私?
???だらけでした。

悲しみの深い方々を馬鹿にしたようなシステムなど、
考えるわけがありません。
私の生き方と気質では考えられない。

アガサのことを”出汁”にしても、依頼数、増えないと思います。
霊媒なんて、砂粒のごとく、居るじゃないですか。(苦笑)
霊能者や霊媒の9割は、自己陶酔したい人達であります。



どれだけ多くの方々が、圧力や口車に乗せられておられるか
耳を疑うような内容を仰っている現実。

「悲しい人は自分から喋るから楽なのよね」とあるスピ系の
養成講座か瞑想講座に参加していたミディアム業の方々が
嘲笑するかのように話していた、ということも聞いております。

そんなことを言うなんて、根性、腐り切ってる。

どんなにその人達がいわゆる”当てる”人達であっても、
当てる、当たる、なんて一体何のため?
なんのために、ミディアムとやらをやってるの?
誰のために、やってるの?
と言いたい。

そういう人に限って、人気欲を手に入れたくて必至。
これが、化けの皮を被った輩の腹の底なのか。
情けない。

今回、非常に立腹するのは、そうしたことを耳にしているからです。
深い悲しみを持つ方々に対して、不誠実なのは、
心と精神と性格が腐り切ってる証拠。

噂程度であっても、
深い悲しみを持つ方々に対して 嘘はいけない。

悲しみ、辛さをかかえている方々をなんだと思っているのか。
なんとも思っておらず、自己中になるのが”スピ系”。
イタい人達です。

アガサの弟子とご自分で仰ってる方には、
おそらく、ブログも書いてらっしゃるでしょうから、アガサに
関するすべてを削除して頂きます。
アガサを出汁にせず、ご自身の善いところを見つめた方が善い。

悲しみの淵におられる方々に接しておられるのなら、
偽善よりも、普遍的な心(真と善)で接することです。

ブログに掲載されておられる方には、
何年も放置せずに、対処をして頂きたい。

書きっぱなし、表示しっぱなし、の放置状態は無責任。
定期的に、掲載されていることを確認するのは当たり前。
それが誠実というものです。

ミディアム、霊媒、霊能者なんていうのは、どうでもいいんです。
ブログのネタなんぞにしなくていい。
大切で必要なのは、当たる人探しではなく、ご自分の心です。

いづれにせよ、
嘘は いけない。
表現の自由でも、なんでもない。

人気を自分で感じたいために、
ブログ書きも、霊能者や霊媒も
やることではありません。

自分の行いに責任もつこと。
自由と責任と覚悟は、セットです。





8/30:文章が長かったので、少しまとめました。
8/18:メールをくださった皆さん、本当に有難うございます。
心から感謝申し上げます。





アガサ

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