うたかたの再会

本調子ではありませんが
覚えているうちに 書き留めておきたいことです

救急センターで どっぷり疲れ続けてた翌日
夜中にトイレに行きました
壁づたいに数歩歩くと
足元には ぼんやりとした灯りが いくつも いくつも ありました

( 寝ぼけて無いけどなぁ・・・ 何やろ )
こう思いながら、トイレへ。

トイレから出て よろよろしてますと
30センチ程先に 猫がおりました。

( あれ? ぺこ? ぺこにしては小さいから 違う猫さんかな・・・
  なんで こんなとこで遊んでるの?
  踏んでしまうから ちょっと 退いて )

そう話しかける私のことなど お構いなしに
その猫さんは何か・・・オモチャか何かを咥えて
遊んでおりました。

数日後、少し話せるようになってから
家族達に ゆっくり話し始めました。

家「 ぺこ だよ。」
私「 小さかったから 違うと思う。ぺこはもっと・・・こう・・・」
家「 ぺこ だと思うよ。小さい時なんじゃない?」
私「 ・・・そーーーかなぁ・・・」

それから数日後、
起きれる時は読書ですが ぺこの写真をみたくなりました。
ガサゴソしていまして 目に留まったのを見て
「 あ、ぺこや。あの猫さんは ぺこやったんや。」

急に 涙が出ました。
嬉しい涙ではありません。

可哀想なことをした、慣れない場所に連れて行って
結果 自由にさせてあげたのは
私が 自分が 苦しかったからなんだろ そうだろう 
といつも思っていたからです。
今も そう思っています。

動物を家に迎えたら 家族。
最期を看取るから 看取りたいから
家にあげるんだ・・・
なのに 私は どうだ?
家族が共に暮らすことに難を示したから
見てるのが 辛かったから
自由を選ばさせた
これは 間違いなく 言い訳だ

ずっと このことが胸にあり
山を降り 市内に越してからは
山荘には 寄り付けないまま。
弱虫で 臆病で 情けない奴だ・・・

他界した後 ぺこと再会できるその日まで
おそらく 私は この思いを持ち続けます。

ですから
まさか ぺこだとは思えなかったのです。
大袈裟に言うと「許してもらえるはずがない」から。
本音で言うと「慣れない土地でぺこ独りで死なせてしまった」から。
ぺこの意思じゃなかったもの 引越しって。
自分をどれだけ責めても責めたりない。
ぺこ(命)を迎えると言うのはそういうこと。

私は 私を認めることは出来ないのは
ぺこのことに尽きます。

過去の痛手が大きく 今を直視出来ないって どうよ?

こんな思いがふっと浮かびました。

どうよ? って言われても ねぇ。
確かに ぺこは屈託なく 遊んでおりました。
安心して 遊んでたなぁ・・・

しばらく ボォーっと してますと
( 私の傍に居てくれてるってことか・・・これって )
ぺこは 元気で遊んでる(現実)
私は  ごめんな ごめんね と思い続けてる(現実)
どちらも 現実。

自責の念は 言わば 自分都合の感情気持ち・・・だな?かな?
優先すべきは 可愛い子のこと。
ぺこのこと。

ペコは楽しそうに遊んでる。
そっか 私の傍に居てくれるんか!? そうか
一緒に居てるってことか!
そうか(嬉)

自責の念が強すぎて 自分を優先していたことに
気づきました。

ぺこが 傍で遊んでくれている。

この現実を忘れないようにしたいと思ったのです。



大事な人、大事な家族が他界された皆さんのお心は
いかばかりか 言うに及びません。
でもですね、お元気なんです。

うちの娘も元気で 私の傍で遊んだり
いつものようにのんびり寝てたりしているようです。

信じる 信じない は どうでもいい。
この事実を知らせたいと思いまして
書きました。

ちょっと疲れたので横になります。
アガサ



一週間程前の「うたかたの再会」時の彼女は、ほっそりしていました。若い頃のぺこ体型。儚くもありますが元気に遊んでいるあの姿を見たので疑う必要など私にはありません。元気なんやったらそれでええわ。ありがと、ぺこ。ずっと大好き。
+49

2件のコメント

  • アガサさん、お体大切になさってください。
    アガサさんのお話を読んで、生きていける気持ちになります。お会いできる日がいつか来るといいなあと思います。

    • akemi様
      温かいお気持ちを有難うございます。私の方が頂くメールやコメントに支えて頂いています。 お会いできる日が来ると思って、のらりくらり養生をいたします。akemiさんもお身体を大切になさってくださいね。

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