両親のように

Nご夫妻から頂いた一部です。

書き手のお気持ちに心寄せながら、お読み頂ければと思います。

– – – – –

夫と息子を会わせていただき、本当に 本当に ありがとうございました。

交流の間、息子は来てくれるだろうか?と心配しながら外にいましたが、
夫から電話があり、すぐ帰宅して話を聞きました。

息子は大好きな家に居るということ、感謝してると言ってたこと、
今は勉強したりとやることが色々あるから大丈夫と言っていたこと、、
夫が覚えている限りの話を聞き、心からホッとしました。

また夫が、自分が亡くなった時には息子と会える、迎えに来てくれるって、
と 涙で話してくれました。

(略)

本当は、私も同席して息子と会いたくて仕方がなかったのですが、、、
私はお空に還った身内が多くて…。
どうしても夫に息子と会って欲しくて、今回は席を外すことにしました。

(略)

息子の魂は今も存在すると分かりました。
息子に会える時まで、心の支えとして、自分の生を全うしたいと思います。

– – – – –

この日は、朝から何だか眠かったように思います。

早起きの私は、朝起きますと眠気を覚えることはほとんどありませんが

とにかく、眠かったのは印象的でした。

「 こんな眠さのまま、交流には臨めない。何かないかな・・・」

ぼんやりしながら、台所の椅子に座っていた私の目には、

わんこ漫画本が入りました。

内容を全部覚えているぐらい、読み倒している漫画本です。

( 他の何か、本ないかなぁ・・・)

探しに行こうと思ったのですが、私の近くにお越しになっている方が

おられることに気づき、その方は、わんこ漫画本を見てみたいようなのです。

( これ、読まれます?)

< あ!・・・はい。>

あ!と はい の間には、数秒の間がありました。

来られていた若い男子、いえ、好青年は、驚かれたんでしょうね。

“あれ、この人(私のこと)(自分がいることを)知ってるの? ” と。

若い人のそういう驚きというのは、本当に初々しいですよ。
(おばちゃん発言)

「 じゃぁ、一緒に読みますか!」と大笑いしながら、読みました。

やっぱり、わんこ、可愛いな〜と思いながら、結局、読んだのです。笑

「 では、ぼちぼち、用がありますので、これで失礼します。」

好青年に、別れを告げました。

アガサ部屋で静かにしていますと、天井の隅っこ辺がどうも気になり、

目線をそちらに移しますと、何かが ありました。

( なんだ? あれ )

驚きはしませんでしたが、目をこらして、静観することにしました。

しばらく 眺めていますと どうやら それは乳白色の雲状のもの、

球体のようなものが有りました。

( で、なんだろう、あれは。)

いろいろなものを見てきましたので、今さら何に驚くわけでもなく、

ただただ、気持ちが安らぐのを感じておりました。

突然、

< そこから 見てるんです。>

と若い男性の声がしたのです。

( え? あそこから? どうして?)

< どうしてって・・・? >

( 話しかけてくださる方々は、皆さん、私と同じように話してくださいます。

 私、初めて、見ましたよ、あれ。 あのふんわりした雲みたいなのを。

 そちらのご都合はよく知りませんけれど、あなたも普通にこちらでお話が

 出来ると思います。)

ちょっとだけ、キョトンとした空気がありました。

(もしかして・・・要らないことを話してしまったのか? 私・・・。

 何か、ルールみたいなのがあったのかも、しれない。)

ほんの少し 気をつかいましたけれど、まあ、いいわと思いました。

この方、面白い方で、今度は、

部屋の扉の方からお越し下さったんですよ。

< 父からここに来るように言われました。>

礼儀正しく、そうおっしゃったのです。

( えぇ? 父? お父さん?)

< はい。>

( 息子さん? 大きすぎない? え、お子さん?)

Nさんのお子さんということの方が、天井隅にあるふんわり雲よりも

驚きました。

彼は、今朝、私と一緒に わんこ漫画本を眺めた青年で、

Nさんからお電話を頂く、10分前ぐらいのことでした。

Nさんから、お電話を頂き、事前のことを全てお伝えしました。

全部、おわかりになるようでした。

天井の隅っこの乳白色の形状のことも、Nさんは以前 ご覧になっていたとのこと。

それもびっくりですが、なんら、不思議がる必要はありません。

それが何なのかをお伝えすることが出来たので、

Nさんもきっと、腑に落ちておられると思います。

男泣きに泣かれたのは、電話される10分前のことのようでした。

「 ちょうどその頃、息子に『 アガサさんのところに行って。』と

 話しかけたのです。

 そうでしたか!息子は、そう言ってくれて、行ったんだ!」

胸が熱くなりました。

目頭も熱くなり、ぐっと抑えました。(でも、無理)

会いたくて、会いたくて、実感したくて、確かめようもなくて、

どうしようもなくて・・・

自分が普段から話しかけていることが、果たして、最愛の家族に

届いているのかどうか・・・

そのことが証明されたようなもんですからね。

男泣きしますよ。

お母さんだって、わが子に会いたい気持ちをぐっと抑えて

夫と子のために、席を外されていたなんて・・・。

なかなか できないことです。

妙に私が驚いていましたのには、理由があるのです。

Nご夫妻とは、一度、対面でお会いしていました。

とてもお若いおふたりで、DINKSだと思い込んでいたです。

所帯染みておられないというか、親友、戦友・・・のような

空気でしたので、お子さんがいらっしゃるとは思えなかったのです。

ですから、こちらの好青年はどなただろうと思ってしまった、

というわけです。

交流は、当て物ではありません。

わざわざ足を運んでくださった方、お電話をくださった方が、

” 本物 ” かどうか、です。

本物というのは、興味本位ではなく、親しい方を亡くされ、

深い悲しみを持っておられる人のことです。

そうした方々は、皆、誠実な方ばかり。

嘘や自己満足・特別意識などが大嫌いな私ですから、推測は不要で、

大事なのは、ご依頼人が本物かどうか、だけ。

ご家族であろうが、どのようなご関係であろうが、交流には

関係のないのです。

若くして、父親、母親になられたおふたり。

子ども達のために、家族を養うために、休みなく働き続けてこられた。

決して、簡単なことではなかったと想像するに難くありません。

若かったら、遊びたい ですよ。

だって、同年代の人達は遊んでる盛りですから。

独身だと思われたい、という気持ちが、頭の隅っこにあっても

仕方のない若さなのに、家族のために、です。

私達は、自分のやりたいこと、興味のあることを仕事にしたがります。

時代の流れです。

親になっても、そういう考えが頭をもたげます。

親であっても、個でありたいとかっていうね、アレですよね、アレ。

だけど、

子どもが成人するまでは、自分のことは横に置いておくのが、

真の親だと思うのです。

子どものために、家族を養うために、働くことは、実に立派です。

家事が苦手でも、家族のために、し続けることも、実に立派。

誰から御礼を言われるでもないこと、当たり前だと思われることを

毎日続けるのは、本当にスゴいことなのです。

心からそう思っています。

< 両親のように、若くで家庭を持ちたかったのです。

 両親を尊敬しています。>

きっぱりとした凛々しい表情でおっしゃったのです。

目頭が勝手に熱くなり、涙がたまってくるのを感じながら、

そのまま、N父さんにお伝えしました。

N母さんから頂いた、続きのメールの一部を

記したいと思います。

– – – – –

息子達を育てることが私達の人生でした。
(特に休みなく働いてきた夫にとっては、子ども達は人生の全てだと思います)

だから、息子が亡くなり、もう、生きる意味も見失う程でした。

もう残りの人生、自分達が死ぬのを待つだけかな…なんて、
もう老後のような気持ちはどうしても拭えません。

息子の言葉を伝えていただき、息子が消えて無くなってしまったのではなく、
姿は見えなくても居てくれることが確信できました。
(略)

私も、お迎えが来るまで、何事にも頑張って生きてきた息子に恥じることのない
生き方をしないと、息子は側にいるのだから、と 強く思いました。

– – – – –

子どもは、親の背中を見て 育つのです。

私達は親は、大人は、果たして

子ども達に どんな背中を見せているのでしょうか。

世間体で動くのではなく、心で動く人として。

子ども達には 多くを語らずとも、大人達の生きる姿を通して

将来に夢と希望を抱かせることが出来ればと思い、願っています。

お子さん達は、ご両親の背中を見て育ち、

これからも

背中を見て、心を感じてゆかれますよ。

そう思います。

アガサ

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