嬉しそうに走ってきた子

先日、お越し下さった方の心は

深い悲しみ、

家族への愛、

自分を責める・・・

多くの複雑な感情で、

辛苦の淵に ありました。

「自分でどうにかしないといけないのは

 わかっているんです・・・(中略)

 会いたい人もいますが、

 呼び出してはいけないと思っています。

 会えなくても仕方ないと思ってます。」

というようなことを

ご自分に言い聞かせるように

お話しくださいました。

私個人としては、会いたい人には

会って頂きたいのは山々。

切なくなるほど、そう思います。

でも、

” 呼び出す ” ことは しません。

すべては「自由意思」によるもの。

だからこそ、こうした交信は

とても繊細で、稀有で、

大切な「ご機会」と思っています。

( 来られないのだろうか・・・)

諦めかけた次の瞬間、気づけました。

あちらへ行かれてから まだ間もない様子。

にも関わらず、精一杯、私に、

その姿を見せようとされている!

お子さんは、

嬉しそうに、こちらに走ってくる!

「なんて嬉しそうに走ってくるんだろう!」

思わず、口からこぼれました。

伝えてきてくれることは、

お母さんの心の氷を解かす” 涙 ” になりました。

「 あの子らしい・・・」

伝えられることに、

涙されたり、笑ったり_

姿こそ見えないけれど、

”3人”で 会って話していたのです。

懸命に、存在と思いを伝えてくれた

お子さんは、満足そうな、、、

お母さんの様子を感じて安心したら、

私から、スゥッと離れてゆきました。

「 (お子さんは)離れられました。」

そうお伝えし、”私”に戻りました。

バス停までご案内する道すがら、

見えてくる景色のことや、

母親同士の会話をしながら、

バスが見えなくなるまで

お見送り。

ひとり帰り道、

小さくつぶやいた_

「 会えてよかったね。」

と。

あっという間に、頂きました。
もちろん、家族全員で。

合掌

アガサ

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